「食欲の秋、だよ。新八くん」

万事屋のドアを開けるなり、そんな声が聞こえて新八はそのまま回れ右したくなった。

 

やはりと言うか何と言うか、銀時は新八の顔を見るなり甘いものコールをし出した。

最近は仕事依頼が少なく、あっても猫の捜索とか浮気調査とか、あまり入りのいいものではなかった。

そのため最近は、責任者である銀時に金庫番である新八の権限で、甘いもの断ちをさせていたのだが、

ついに我慢の頂点に達してしまったらしい。

まるで威嚇するかのように自分の前に立ちはだかる銀時に、新八は溜息をついた。

「食欲の秋。天高く馬肥ゆる秋。そうは言ってもウチには余裕もありませんし、健康のためにも許しません。

だって銀さん最近腹がやばいでしょ」

ここで甘い顔を見せては元の木阿弥だ。

金がないというのはもちろんだし、新八は新八なりに銀時の健康を気にしているのだ。

「肥ゆるとは失礼な。確かに俺のは馬並かもしんねぇけ…げふっ!!」

何を言うのか予想のついた新八の綺麗な回し蹴りは、やばいと称された銀時の腹を直撃した。

酷いよ新ちゃん…腹を抑えながら崩れ落ちる銀時に、新八は冷たい瞳を向ける。

「僕、心配してるんですから」

どこがだよ、言ってやろうとしたが腹が痛くて声も出せない。銀時は唸った。

「糖尿に加えて肥満の元侍だなんて、僕恥ずかしくて近所歩けませんよ」

心配してるのは自分のことなのね、新ちゃん。これも声にならず、銀時は人知れず涙した。

「だから、ね?」

ぽんぽん、銀時の頭を軽く叩いてにっこりと新八は笑った。

「僕のために我慢してくれるでしょ?」

首を傾げ、確信犯的に微笑んだ新八の顔は正直、かなり好みだ。

ぐぅ、つまった銀時はやがて大きく溜息をついて起き上がる。

しゃがんだ新八と目線を同じくし、ほんの少し逡巡したあと、じっとその眼鏡越しの黒い大きな瞳を見つめた。

 

 

「・・・俺だけ我慢なんて、不公平だと思わない?」

「えっ」

ばれたか、と心の中で舌打ちしつつ、新八はいけしゃあしゃあと言ってのける。

「・・・だって僕我慢するようなことないですし」

幼いと称される、可愛い顔であっさりと再び首を傾げてみせる。平凡なようでいて、結構図々しい。

「甘いものもそんなに食べないし、贅沢もしないし。えーっとあとは」

「お通ちゃん」

「え!!」

「お通ちゃん断ちしろお前。そしたら俺も考えてやらんでもない」

そんなぁ、だって僕親衛隊長なのにぃ。咽喉まででかかった言葉を飲み込んで、新八は思考を巡らせた。

お通ちゃん断ちは確かに辛い、辛いが。それほど銀時が甘いものを断つのが難しいと言うことで。

うーんうーんと悩む新八を尻目に、銀時は立ち上がった。

それを見て慌てたのか、新八はがっしと銀時の腕を掴んで縋るように言った。

「て、テレビとかも?」

「だぁめ」

「歌聴くだけでも?」

「却下」

うぅ、頭を抱えてしまった新八だったが、やがて覚悟を決めたように銀時を睨みつけた。

「銀さんも甘いもの、我慢してくれるんですね?」

「おう、お前が我慢すんならな。こう見えて俺はちょー負けず嫌いなのよ」

「じゃあ、罰ゲーム決めましょう」

「…へっ?」

新八には銀時の性格がよくわかっている。自分だけが我慢するのが嫌だからこんな勝負を仕掛けてきたのだろう。

しかし、それを責めようものなら逆ギレするのだから厄介だ。

力で敵わない新八は、あれよあれよという間に押し倒され、銀時のいいようにされてしまう。

それで結局なあなあで済まされてしまい、新八だけが損をした気分になるのだ。

・・・まぁ、気持ち良くないことはないから、損は言い過ぎかもしれないが。

「何にしようかな」

うふふ、考える新八の目がやばい。

冷や汗が出てきた銀時であったが、そうだ、と新八がした提案に、ひっくり返りそうになった。

「僕にやらしてくださいよ。初めてですけど」

「はいィィィ???」

「いっつも僕が下じゃないですか。だから」

興味あるんです、キラキラと輝いた瞳を向けながら言う言葉じゃないだろうと銀時は心の中で突っ込んだ。

「だ、だめ!絶対いやだ!!」

「どうしてですか、銀さんちょー負けず嫌いなんでしょ?負けないんでしょ?」

「うっ…」

痛いところを付かれ、銀時は黙り込んだ。そんな銀時の手を、そっと取り新八はにっこり微笑む。

どぎまぎとしてしまった銀時が気付いたときには、その手は指きりの形になっていて、

約束は既に一方的に取り付けられてしまっていた。

「ちょ、ちょっと新ちゃん!」

「僕が負けたらやらせてあげますから。これで成立ですね」

「や、だってそれいつもと変わんねーしっ」

「武士に二言は無いです。銀さん、侍でしょ?」

いや、俺むしろギター侍だし、冷や汗をかきながら必死に言い募る銀時を綺麗に無視して、

買い物に行ってきますねと立ち上がった新八は、あっさりと部屋を出て行く。

後には呆然とした銀時だけが残された。

 

秋なんて大嫌いだ、しばらくのち、弱弱しい声音で銀時は呟いた。

出かけた振りをしてドアにもたれかかっていた新八は、それを聞いて小さく吹き出した。