「あんたなんか大嫌いだ」

子供のような、そんな思わず出てしまった言葉に、一瞬だけ目を見開いて。

けれど、すぐ寂しそうに笑ったその人に自分の方が傷つけられた気になった。

 

「近藤さん」

「おう、トシ」

変わらず話し掛ける。それに答える。変わらない関係。曖昧なままのそれ。

無かったことにされたのであろう、とは思うが。それでよかったのであろうとは思うが。

感謝こそすれ、悔しく思うなんてそれこそ傲慢なのだろうと。

けれど。

大嫌いだ。

隠しとおしてきた思いに気付こうともせず(気付かれたら困るのだが)

毎日のように惚気話を聞かされる身にもなれ、と苦々しく思う。だってあんたは。

お妙さん、が好きで。俺は。

あの人が正常なのだ、自分がおかしいのだ、知っている。わかっている。

名前を呼んで、振り向いてくれて。裏の無い笑顔を見せてくれるだけで御の字だと。

だって知られたらきっと――生きていけない。

優しいあの人はそれでも変わらず接してくれようとするだろうが、それこそ想像に難くないが。

だったら、詰られて罵られて――足蹴にされたほうがずっといいと思ってしまう。

もしかしたら、マゾなのかも知れねぇ。だって、俺はあんたが。

 

 

「随分と余裕だな」

唐突に意識が戻ってきた。あらぬところに突っ込まれたものを動かされた所為だ。

ああ、現実逃避ってやつが上手くなったもんだな、知らず鼻で笑う。

それに腹を立てたのか、入り込んだものが乱暴に引き抜かれた。

ひぁ、悲鳴が小さく漏れた。視界は相変わらずおぼろげだ。

次いで乾いた音が耳元で鳴る。じん、と痺れた頬に殴られたのだと知った。

じわじわと熱をもってくる頬を気にせずにいたら、身体をひっくり返された。

下敷きになっていた縛られたままの両手に血が通ってくるのに、ほう、息をついた。

このままずっと仰向けにされていたら、壊死してしまうのではないかと本気で心配していたからだ。

赤くなっているだろう手を握ったり閉じたりしていたら、膝を立てさせられた。

羞恥は感じない。そんなもの、いつのまにか無くなってしまった。

相手に突き出すよう向けられた尻に、先ほどまで突っ込まれていたものが触れてくる。

抵抗などしていないのに、する気もないのに縛られて足を広げさせられて。

もうどのくらい時間が経ったのか。少なくともまともに声が出ない程度には弄られている。

 

 

 

目つきが悪い、そう絡まれて連れ込まれたのは政府高官が馴染にしている連れ込み宿だった。

女でもねぇのにと声に出ていた。馬鹿にしたつもりはなかったが、相手はそう思わなかったらしい。

障子を閉めるなり脱げと命令された。逆らう気などおきなかった。

のろのろと隊服を脱ぎ、下着を足から抜いた。少し寒い、と思った。

日に焼けていない腕をとられて、薬を打たれた。

それでも安心できなかったのか、得物を壁にまで放られて少し腹が立った。

ぼんやりと刀を見ていたら、縛られて床に転がされた。

眼の前に突きつけられたのは男性器を模った淫具。覚悟はしていたが勝手に咽喉が震えた。

足を取られ、持ち上げられた。縛られた両足首が見えて、苦しい。

もともと身体は柔らかい方ではないのだ。少しでも楽にと身体を動かしたがどうにもならなかった。

 

たいして慣らしもせずに、冷たい張り形を突っ込まれた。悲鳴は上げたのかどうか。

嗅ぎ慣れた血の匂いと、下肢をつたう温かい流れに流血したことを知った。

残酷なほどの動きに意識は遠のいたが、痛みは意識を失うことを許さず。

視界は曖昧で、眼の前で荒い息をつく相手の顔も見えやしなかった。

目に膜を張った水が、そうしているのだと瞬きをしたときに知った。

いつの間にか足の戒めは解かれていた。間に男の身体が入り込み、動いている。

獣になったようで、いっそ吹っ切れた。

痛くはない。でも。気持ち悪い。

もう、よくわからなかった。

開いていても役目を果たしそうに無い目を閉じて、時が過ぎるのを待った。

 

 

「トシ」

近藤さん近藤さん。おれはあんたが。

「どうした?腹でも痛ぇのか」

あんたが。

 

 

 

こんなもの、なんでもない。

でももし。

あんたに、知られたら。

本当のことを、知られてしまったら。

俺は、終わらせることが出来るのかもしれない。それを、待ち望んでいるのかもしれない。

 

「終らせてくれないあんたが大嫌いだ」

 

全てを。

 

だって、おれは。

あんたが。

 

 

 

 

 

「サボリですかィ、あんた」

「うっせぇ、どっかいけ」

だるい。昨日の今日で内臓が腐っている気さえする。

だから休みを取ったのに、あの人の顔を見たくないから役目を果たせそうにないから。

なのになんで目の前にこいつがいるんだ。副長の俺がいないんだからお前が代理だろうが。

あんなに副長の座を狙っていると眼の前で言っておきながらそんな役目も果たせねェのか。

床に横になったままそう言ってやれば、女のようだと揶揄されることも多い顔が覗き込んできた。

真っ白な顔。赤い口許は微笑んでいるのに、目が笑っていない。気持ち悪い。

「今なら鬼の副長もひとひねりでさァ」

冗談なのか、笑う。本気ともつかない声音で。

首に向かい伸ばされた手を払う。痛い、文句は聞かない振りをした。

「てめぇに終らせてやる気はねぇ」

だりぃんだよ、帰れ。なるべく冷たく聞こえるように返す。奴に背中を向けて溜息をつく。

まずい、と思う。本当に余裕が無い。腹の中から冷たいものがこみ上げてきそうだ。

ぐぅ、口許を抑えて疼きに耐える。まだ、だめだ。まだ終らせない。

ぎゅっと目を閉じて得体の知れないものが去るのを待っていたら、肩に手が掛かった。

びくり、無意識に身体が竦んだ。が、舌打ちすらも出来ずなされるがまま仰向く。

 

「貸してあげまさァ」

閉じた瞼の上に落とされたのは、あのふざけたアイマスクらしい。

その様子が可笑しかったのか、ふは、乾いた笑いを口に乗せ、飄々と奴は言う。

「洗濯して返して下せィ」

明日サボったら近藤さんに言いつけやすぜィ、そう捨て台詞を残し人間台風は去っていった。

しん、と静まり返った部屋は生き物の気配がしなくて。

やっと呼吸が出来る、アイマスクをそのままに息をついた。

 

サボリだと知っても近藤さんは来ない。いや、きっと来ることが出来ない。

今頃はそわそわと、落ち着きなく執務机に肘をついて書類とにらめっこをしているだろう。

「大嫌いだ」

おれの、悪意に満ちた言葉を気にしてくれるといい。お妙さんを想う100万分の1でもいい。

それで、きっと。

 

救われる。

 

 

 

 

いつまで持つかは、知らないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

暗い、ね・・・