ギンシン・エイト
1.パフェと家計簿
2.NOT メガネ
3.木刀を持つ掌と
4.天パーとメガネ少年
5.馬鹿だと、叫ばせて下さい。
6.6番目の嘘
7.愛とか砂糖とか
8.さよなら、さよなら
僕はどこで、人生間違ったんだろう。
最近の新八の頭の中によく浮かんでくるフレーズだ。
16という若い身空で何を言っていると怒られるかもしれないが、つくづくそう感じてしまう自分がいることも確かで。
増え続けるのは溜息の数だけだ、と家計簿を見ながら新八は再び溜息をついた。
銀時の元に来てから、新八がしみじみ思ったのは、よくこの人今まで生きてこれたな、だった。
もともと仕事は少ないくせに、パチンコと甘いものが大好きで。しかも持病もちと来た。誰も止めてやらなかったのだろうか。
とは言っても一人暮らしだから止めてくれるような家族もいなかったのだろうが。
その少ない収入の中から、銀時がいくらか新八に渡してくれる金は、大部分食費に消えた。
銀時の食事など放っておいて、給料の変わりに徴収してもいいのだが、
そうしたらそれこそ銀時は自分の好きな甘いものしか口にしないのではないかと思われた。
それは新八にとっては許しがたいことだった。
両親を早くに亡くした新八にとって、食事を取る姿と言うのは、その人が今日も生きている証のようなものだったのだ。
母のことは覚えていないが、父は床に伏せるようになってから満足に食事が取れなくなった。
そしてそれからそう経たない内に、帰らぬ人となってしまったのだ。
ああ、そう言えば姉上も料理が得意じゃないから、あまりきちんと食べようとしなくて、僕が作るようになったんだ。
どこに言っても僕はこんな役回りなんだな、小さく新八は笑った。
今日は銀時は珍しく仕事に出ている。新八も手伝うつもりだったのだが、一人で十分だと言うので留守番だ。
給料を貰えていないとはいえ一応雇われの身だから、洗濯とか掃除をして、夕食を作り帰りを待つ。
まるでお嫁さんみたいだ、そう思って慌てて頭を振りその考えを追い出した。
「パフェ、食いたい」
しかし、帰ってくるなり銀時が口にしたのはそんな言葉で。
さすがに新八でも、夕食にパフェは用意していない。デザートが出せるほど金に余裕があるわけでなし。
怒るより前に悲しくなってしまう。だが、銀時もそれ以上言う気は無いようで、大人しくテーブルの前に就いた。
しかし、なかなか眼の前の夕食に手をつけようとしない。
キライなものでもあったかな、じっと銀時を見つめていたら、決まり悪げに頭を掻いて懐から何かを取り出した。茶封筒だ。
そしてそれを、新八の眼の前にズイっと差し出してくる。
「何ですか?」
「・・・今日の、収入」
え、驚いた顔を見せる新八に、不貞腐れたように銀時は言う。
中々受け取らない新八に封筒を押し付けるようにして渡すと、こういうのは慣れてねぇんだ、言い訳のように付け足して。
「明日はデザートもな」
言うなり、丼飯をかっ込み始める。
意図的に新八と目を合わせないようにしているようにも見えた。
ふわ、新八は己の頬が緩むのを止められなかった。
はじめて。
はじめて、銀さんが僕にお金、任せてくれた。
僕に。
食事をする銀時を見て、新八は溢れそうになった涙をぐっと堪えた。
人生、間違うことも必要かも。だって思いがけない嬉しさに遭遇することもあるから。
次の日、買って来たパフェと家計簿を見比べながら、新八はほんの少し思った。
「私眼鏡嫌いなんだよね」
初対面のときからそう言って憚らなかった神楽だから、わざとかと疑ってしまっても許して欲しいと新八は思う。
「あ〜あぁ、もう」
踏み潰されて無残な姿になったそれを、情けない思いで新八は見やった。
「わざとじゃないネ。定春と散歩してたら足元にそれがあったアル」
どこからもってきたのか、煎餅の袋を力任せに破裂させ、神楽は言う。
反省など彼女の辞書にはないのだろう、まるで足元にあったメガネが悪いと言わんばかりだ。
健康そうな歯で、硬そうな煎餅を噛み砕きながらもう既に新八には興味が無さそうだった。
神楽の目は、つけっぱなしのテレビから流れ出した『恐怖!!鬼嫁の館』という煽り文句に釘付けだ。
こうなってはどんなに恨み言を言っても、神楽の耳には入らない。
むしろ煩いと、定春をけしかけられかねない。
「何か、納得いかない…」
ぶつぶつと文句を言いながら、大人しく新八は万事屋を後にした。
確か、予備のメガネがあったかな。
実家に向かいながら新八はぼんやりと考える。
視力はあっていないかもしれないが、背に腹は変えられない。そもそも新しいメガネを買うほどの金は無いのだ。
それと言うのも、新八の雇い主である銀時がまともな給料を寄越さないせいで。
聞いた話では、神楽など万事屋に来てからと言うもの、酢昆布しか貰っていないらしい。
それを聞いてまだ僕は恵まれているのかな、なんて思ってしまう自分を可哀想だと新八は思う。
「あ、悲しくなってきた…」
近視だけでなく乱視も入っている新八には、メガネがないと真っ直ぐ歩くことすら難しい。
酔ってしまいそうで新八は首元に手をやり、きっちり締めてある胸元を緩めた。
普段と違い、視界がはっきりしていない所為で足元も覚束ない。
やっぱりメガネは自分の身体の一部になってしまっているのだな、つくづく感じる。
そう言えば、寺子屋でも僕のあだ名って「メガネ」だったっけ。
この間も、偶然真選組とばったり出会った。その時は、新八が汚れを拭こうとちょうどメガネを外していたのだった。
「お妙さぁぁぁん!!」といきなり抱きつかれ、悲鳴をあげてしまった。髭がジョリジョリして痛かった。
近藤を殴って引き剥がした土方が、「悪い」と謝罪してくれたが、その後に新八だと気付いたらしい。
万事屋かよと舌打ちし、謝るんじゃなかったとつまらなそうに言った。
そのときは聞き流したけれど、やっぱりそうかと思ったのは覚えている。
メガネ以外に特徴ないからね、新八は苦笑して寂しくなった。
『メガネ=新八』という図式が周囲では既に出来上がっているのだとつくづく感じた事件だ。
「はは」
何で僕、こんなことで落ち込んでるんだろ。こんなの、昔からだったのに。
まるで存在意義が、足元から崩されてしまったような。困る。どうしよう。
ぴたり、新八はとうとう足を止めてしまった。まずい、精神的に不安定になっているのかもしれない。
メガネがないから自分の足で、しっかり立っているのかどうかすらわからなかった。
実家に向かっているのに、今どこまで進んでいるのかも。
これではいけないと足を踏み出すものの、ぐらり、視界が揺れて新八はしゃがみこんでしまう。
道行く人たちが怪訝そうに見ていくのはわかったが、その表情まではわからない。
あの人たちもメガネのない自分の顔なんて、すぐ忘れてしまうだろうな。
泣きたいのか笑いたいのかよくわからなくて、新八は立ち上がれなくなった。
「そこの僕〜、どしたの、うんこ?」
目の端に映ったのは銀色。よく知っている色。
視力が悪くても、それだけは良くわかる。
のろのろと顔を上げ、新八はその男を見た。相変わらずやる気なさげな表情で立っている。
「何してんだよ、おめぇ」
「・・・銀さん」
その男の名を呼んだ途端、新八の胸には例えようもない怒りが去来した。
そもそも給料が少ないのが悪いのだ、だからメガネの一つもぽんと買えないのだ。
それが何故か存在意義の話になって、メガネがなくちゃ自分じゃない気にすらなって。
じゃあ今ここにいる僕はなんなんだろう、誰なんだろう。
馬鹿みたいだとは思うが、浮かんでしまった不安がどうしても拭い去れなくてこんな場所で立ち止まっているというのに。
なんであんたはそんな、アホみたいに眠そうな顔で僕の目の前に現れるんだよ。
「お、そう言えばメガネどうした」
すぅ、新八が大きく息を吸って八つ当たりしてやろうとしたとき、銀時は今気付いたといったようにそう言った。
気付くの遅いよ、突っ込んでやろうとしたのだが、そんな銀時のなんでもない言葉に、新八は怒りを飲み込んでしまう。
銀さん、僕のメガネがないのに、気付かなかった?
黙ってしまった新八に、ん?と首を傾げて子供に対するように、銀時は返事を促した。
「・・・・壊れちゃって、家に取りに行こうかと・・・・」
思って、どうにかそれだけ答えた新八に、ふぅん、どうでもよさそうに頷いて。
「ほら、連れてってやっから泣くな」
泣いてなんかないです、鼻を啜りながら涙声で言う新八の頭をぽんぽん、銀時は叩いた。
「はいはい、わかった。いくぞ」
差し伸べられた手に、おずおずと手を伸ばすとぎゅっと握られた。
一人満足そうに笑う銀時に、何故か心が満たされる気になった。
ほわ、無意識に笑顔を返していた。銀時に肩を叩かれ、新八は促されるように歩き出す。
視界はやっぱりはっきりしなかったけれど、もう、足元が不安定だなんて思わなかった。
掌が、触れる。それだけでもう、ぞくりと背が震えた。
男の掌が新八の胸を辿る。女とは違う、平たい胸を。
時折その指が、悪戯に新八のぷっくりと硬くなった胸の突起に触れるたび、咽喉からはかすれた悲鳴があがった。
「あ、はっ、っ…」
髪を振り乱し、なんでこんなことになったのか、新八はぼんやりと考えた。
しかし、その思考は敏感な場所を強く抓られ、悲鳴と共に霧散していく。
銀時は強い。木刀を持ったらそう敵う相手はいない。その、無骨な木刀を握る手が新八の敏感なものを扱き上げる。
抵抗しようにも、背後から抱きかかえられるように銀時の足の間に座らされていて。
新八は足を開かされ、その膝裏にはしっかりと銀時の両足が閉じることを許さないというかのように置かれている。
「ん、んんっ」
力なく首を振り、動き回る手をどうにか止めようと新八の震える指が己のものに絡みつく銀時の手に重ねられた。
途端、その手は新八の手を上から押さえ込み、自然新八は己の熱をその掌で感じてしまうことになる。
「い、いやぁっ」
羞恥に悲鳴が上がるが、そんなことで怯む銀時ではなかった。
それでもあまり大きな声だと下の階のお登勢あたりが乗り込んでくるかもしれない、と掌で新八の口を塞ぐ。
苦しいのか弱々しく首を振る新八の頤を掴み、銀時は自分の方へと涙に濡れた顔を振り向かせた。
次いで引き攣る新八の舌を己の口内へ咥え込み、息すら奪う勢いで口付けた。
苦しがる新八を他所に、片手で新八の熱を扱き、片手で顎を固定する。
どこからかもわからない濡れた音が、耳さえも犯していった。
やがて酸欠になった新八がずるずると銀時の胸から崩れ落ちそうになると、ようやく唇を離してやる。
つぅ、とお互いの唇を銀糸が繋いだ。
汗で額に張り付いた髪をかきあげてやれば、新八はとろん、と恍惚の表情を浮かべたまま銀時を見上げた。
ぞくり、銀時の背を欲情が伝う。
本当にこの子供は――自分を煽るのが上手い。
ごくり、無意識に咽喉を鳴らして、銀時は行為を再開した。
濡れた声が、音が、己を呼ぶ悲鳴が、快楽に溺れる様が、心地よく銀時を満たしていく。
『白夜叉』と呼ばれた頃のあのたまらないほどの興奮を、この少年はいとも簡単に銀時へともたらしてくれる。
人を斬らなくても、血を見なくても――満足できる、夢中になれる。
早く、早く。俺の掌を、誰かの赤い血ではなく、お前の白いものでぐちゃぐちゃに満たしてくれよ。
・・・もしかしなくても俺、病気かもね。
ふふ、と笑ったらその息ですら感じるのか新八はぎゅっと目をつぶった。
睫毛に溜まっていた水が、頬を伝い首筋へと流れていく。
銀時は、新八の眼鏡を外した。赤くなった眼元にひとつ、唇を落す。
「っ、はぁ」
涙の跡を伝いながら下りていく銀時の唇に、新八は唇を戦慄かせて喘ぐことしか出来ない。
銀時は掌で、再び新八の熱を握りこみ、しかし、解放は許さない程度に上下に擦ってやった。
舌を引き攣らせ、嬌声のような悲鳴を漏らし、身体中を紅く染めて新八が銀時の腕の中で背を仰け反らせた。
弱々しい声が自分を求めて鳴く時を、笑みを浮かべてうっとりと銀時は待ち望んだ。
天パーが銀ちゃん。メガネが新八。
定春に、神楽。
神楽の朝は早い。お腹がすくし、定春の散歩にも行かなければならないからだ。
万事屋では唯一、女と名の付く生き物のため、とりあえず寝室は一人部屋を貰っている。
まぁ、狭い部屋だし定春と一緒に寝ているから、あまりその恩恵は感じたことがないが。
「おはよ、神楽ちゃん」
顔を出した神楽を迎えたのはメガネをかけた少年――志村新八――であった。
人の良さそうな顔をして実は、なかなか強かな少年だ。いざという時の力は、神楽にだって匹敵する。
「オハヨ…」
お腹すいたネ。そう言えば、新八は手際よく朝食を用意してくれる。
貧乏なので、おかずは沢庵だけだったが、それでも神楽はおかわりを何度も要求した。
「オイ、この胃拡張娘。その辺にしとけ」
頭を掻きながら、欠伸までかました天パーの男がそう言いながら部屋に入ってきた。
神楽がここに来てからそこそこ経っているが、まだこの男が自分より早起きしているのは見たことがない。
坂田銀時という、昔「白夜叉」と呼ばれたほどの力を持つはずの男は、今は見る影もなくやる気のなさを前面に押し出している。
「新ちゃん、銀さんにもご飯ちょーだい」
どっかりと神楽の隣に腰をおろした天パの男は、眠そうに目をしょぼしょぼさせながらそう言って神楽に目をやった。
「神楽、お前よく朝っぱらからそんなに食えるな」
既に神楽の茶碗は空になっている。
それでもまだ物足りなそうな神楽に、銀時は心底呆れているような感心しているような声を上げた。
茶碗を運んできた新八から、それをからかうかのような声が掛かる。
「年の差ですよ、銀さん」
「そうアル。銀ちゃんがオトシヨリの所為ネ」
年少者二人にそう言われ、銀時は不貞腐れたように渡された茶碗をかっ込んだ。
とりあえずご飯を食べ終わった神楽は立ち上がり、やはり餌を与えられていた定春を呼ぶ。
「散歩に行ってくるアル、おいで、定春」
がるる、返事なんだか威嚇なんだかわからない唸り声で、定春は餌の入っていた皿から顔を上げた。
「神楽ちゃん、少し食休みしたほうがいいんじゃない?」
「ほっとけほっとけ。若者にはそんなもん必要ねぇんだと」
年寄り扱いしたことにふてているのか、口いっぱいに米を詰め込んだままの銀時は手を振る。
それでも心配そうな新八に、神楽は銀時を指差して言った。
「そんな3日目に筋肉痛になるような男と比べて欲しくないネ」
「ちょっと待てぇぇぇ!!!オリャあまだ2日だ!!!」
「うわ、ちょっと銀さん、きたなっ」
飯粒を飛ばして喚く雇い主を尻目に、神楽は定春と共に万事屋を飛び出した。
中からはぎゃんぎゃんと新八が銀時に説教している声が聞こえて、こっそりとほくそんだ。
「いこ、定春」
不思議そうに見ている定春に、にぃ、と神楽は笑って見せた。
「天パーが、銀ちゃん。メガネが新八…」
ポテポテと歩きながらぶつぶつ呟く神楽を、不思議そうに定春が見ている。
一つ一つ指を折りながら、神楽は同じ名前を繰り返していく。
「あ、それに定春」
わう、定春が答える。その頭を軽く撫でて、神楽は呟いた。
「で…神楽」
神楽、神楽ちゃん。
銀時や新八が呼ぶ自分の名前がくすぐったくて、小さく神楽は口を尖らせた。
皆、夜兎族としてしか見てくれなかった。それが当たり前だった。でも。
こういうのも、いいかも。
神楽は定春を呼んで、今度こそ太陽の下、駆け出した。
馬鹿だ馬鹿だと突っ込み続けてきたが、ここまでばかだとおもわなかった。
「ちょっと!酔ってるんでしょ!」
がばぁ、音がしそうなほど思い切り銀時に抱きつかれて、新八は慌てて引き剥がしに掛かった。
酒くさい。いったいどこにそんな金があったというのだ、取り上げなくては。
抱きしめられながらも新八は、銀時の懐に手を伸ばした。
しかし、その手を逆に取られ、綺麗に押し倒されてしまう結果となった。
「銀さ」
「銀ちゃーん、酢昆布なくなっちゃった・・・」
身の危険を感じ、新八が本気で抵抗し始めたときに、天の助けかなんなのか。
言いながら神楽が顔をのぞかせたのだった。
ちょうど良かった、と安堵の息をついた新八を尻目に、神楽はすぐに顔を引っ込めてしまう。
「オイィィィ!!」
「見てないアル。親のまぐわいに踏み込んだ子供の気持ちだなんて思ってないヨ!」
叫んだ新八の耳に、聞こえてきたのはそんな言葉で。次いでパタパタと足音が遠ざかっていった。
思わずがっくりと力が抜けてしまった。それがいけなかった。
銀時は新八の力が抜けたのを見逃さず、しっかりと上に乗り上げて来たのだ。
うっそぉぉぉぉ!!
叫ぼうとした新八の口は、銀時の酒くさいそれにふさがれ、音にならなかった。
「・・・うぅ」
気持ち良さそうに隣で眠る銀時に、新八は泣きすぎて赤くなった目を向ける。
だが、あっさりと男を受け入れた自分に、何よりも新八自身が驚いていた。
「あ、ちょっと切れてる」
シーツについたほんの少しの血に、これは多分強姦なのだろうな、とは思ってみるが。
あまりそんな気がしていない自分が新八は不思議だった。
あれよあれよと事は進み、ショックを受ける暇もなかったということなのか。
しかも・・・認めるのは癪だが、最後のほうでは気持ちよささえ感じてしまったのだ。
あられもない声を上げてしまった気もするし、挙句は銀時に後始末までさせてしまった。
本番よりもそっちの方が絶対恥ずかしかった。けれど、抵抗する元気は既に残されていなくて。
思い出してしまい、新八は頬を真っ赤に染めた。
・・・そもそもこの男が何を血迷ったのか誰と間違えたのかは知らないが、自分に手を出したのが悪いのだ。
どうにか報復してやりたいが、力で新八が銀時に勝てるとは思えない。
かといって、勝てそうな妙や神楽に相談なんて出来るはずもない。
「・・・そうだ」
くしゃくしゃになって放られている、脱がされたままの上着を探り、目的の物を探し出す。
それは小包を送るために用意していたものだったが、思わぬところで役にたってくれそうだ。
ほくそえみ新八は油性マジックで、銀時の大事なところに『不能』と書いてやった。
ざまあみろ、明日はどんなに驚くだろう。
痛かったんだから、このくらいはやらせろってんだ、ばーか。
少しだけ溜飲が下がった気がして、新八は布団の中に潜り込む。疲れきってしまい、もう動く気にならなかった。
誰かと一緒に眠るのがこんなに暖かいことを忘れていたな、とぼんやりと思う。
いろいろ吹っ切れたらしい銀時が、「不能じゃない証拠を見せてやる」と新八に襲いかかったのは、その三日後のことだった。
ごろん、銀時は寝返りをうった。
打ち直しなどしたことのない布団は、すっかりぺちゃんこになっている。
その固い布団の上で、しちゃったんだなあ。銀時は溜息をついた。
いくら神楽とはいえ、一応女の子と同じ部屋で寝るわけにもいかず。
家主のはずの銀時は、日当たりの悪い北向きの部屋に寝室を変えさせられていた。
間違いがあるとは思えないけど、そう言った銀時に新八は信用できませんから。と一言。
結構酷い目に遭わされているはずなのだが、なんだかんだ言って新八は神楽に甘い。
末っ子であるから、妹が出来たようで嬉しいのかもしれないが、あんな妹ごめんだと銀時は思う。
姉はゴリラで妹はゴジラかよ、そう言ったらちょうど掃除機をかけていた新八に殴られた。
掃除機の吸い込み口を向けられて。思い出すだけで息が苦しくなる。
んで、今。こんなことになっているわけだが。
「新ちゃん、きみは正しかった・・・」
がくり、枕に顔を突っ伏し、銀時は再び溜息をつく。
己の隣に確かに感じる、体温の元を想像しながら。
布団を頭まで被ってしまっていて、相手の顔は見えない。
一番可能性が高いのは神楽だ。今この家にいるのは、神楽と銀時だけだったから。
新八は、家に戻っているし、お登勢なわけもないだろう。それくらいは理性が残っていたと信じたい。
だが、腰に残る心地よいだるさは、昨日の晩に起こっただろう出来事を如実に現していて。
布団の中で眠る誰かと、何ラウンドか、組んず解れつしたのは確実だと思われた。
よく覚えていないのだが、気持ちよかったことだけは覚えている。
「男ってのは獣だよなぁ」
『一緒にしないで下さい!』そう否定する新八の声が聞こえる気がした。
そんな新八が帰ってくる前に身支度を整えなければと思う。
思うのだが、今はまだこの気だるいまどろみに身を任せていたかった。
自分の姿を見た新八が、烈火のごとく怒り出すのが容易く想像できて、銀時は口許を緩ませた。
「あ〜、そうだ。言い訳、考えとかねぇと・・・」
何を言っても殴られるのは想像できたが、足掻くだけ足掻いてやることに決めて、遠ざかりつつある意識を引き止める。
「酔ってたから?」
「溜まってたから?」
「元々そう言う趣味だから?」
「つい、成り行きで?」
「据え膳食わぬは武士の恥だから?」
「スキだから、とか」
最後のが一番嘘っぽいな、と銀時はその言い訳を却下した。
うとうとしながら、無意識に隣の体温に身体を摺り寄せる。
もぞり、動いたときに掛け布団から少しだけ黒髪がのぞいたのに、銀時は気付かなかった。
そのまま目を閉じて、やがて安らかな寝息は二つになった。
布団の上部、枕の上あたりに見覚えのあるメガネがぽつん、存在していた。
荒い息をつきながら新八は自分の両足の間にある、銀色の髪を掴んだ。
「いや、やだ、銀さ」
「んー、でもココいい感じになってるよ〜」
「やぅ!そ、そこでしゃべらないでぇ…っ」
必死にはがそうとする新八の力をものともせず、楽しそうに銀時はそれをしゃぶる。
そのたびに上がる、頭の上からの嬌声が楽しくて時折息を吹きかけたり、軽く噛んでやったり。
びくびくと身体を震わせながら、必死に我慢を続ける新八が可愛い。
16なんてやりたい盛りだ、我慢するほうがおかしい。そう言ってやっても首を振って否定する。
潤んだ瞳がもう止めて、と懇願してもまだ銀時は終らせてやる気はなかった。
新八の体液と己の唾液で濡れた指を、後ろの孔へ滑らせる。
びくんと新八が震えた。
時はさかのぼり、その日の昼のこと。
お客さんに配るのよ、そう言って妙が見せてくれたのは、小さな砂糖菓子だった。
色とりどりのそれは、男の新八から見ても綺麗だなと思えるもので。
じっと見つめていたら妙がとても優しげな顔で自分を見ているのに新八は気付いた。
少し照れくさくなって目を逸らした新八に、妙は幾つか袋を渡す。
「あげるわ。銀さんたちとお食べなさい」
「えっ、でも」
お客さんの分では。そう言うと手を振っていいのだという。
「どうせお店に行けばまだたくさん残ってるし。コレは新ちゃんにあげようと思ってもらってきたの」
はいどうぞ、渡されたそれを大切そうに懐にしまうと、新八は嬉しさを隠さず姉を見上げた。
そんな姉弟愛が腹をすかせた宇宙人や動物に理解できるはずもなく。
万事屋に戻るなり、甘い匂いにつられやってきた神楽と定春に、新八はいきなり襲われた。
着物をはがれる勢いで、争うように一人と一匹が砂糖菓子を貪るのを、一瞬たりとも止めることも出来ず。
呆然と新八は肌蹴た着物をそのままに、地獄絵図のようなそれを見つめることしか出来なかった。
新八がはっと我に返ったときには、既に犯人の一人と一匹は腹ごなしとして散歩に出てしまっていた。
やがて戻ってきた銀時は、新八のありさまを見てどんな事が起きたのか察したようだった。
話を聞いて、甘い物好きな銀時は、不満げな顔をしながらも新八を責めるようなことはしなかった。
しかし、名残惜しげに砂糖菓子の入っていた袋を振る姿に、ますます新八は申し訳なく思う。
「また今度、貰ってきますね」
「あ〜、いや。コレでいいや」
に、銀時は悪戯を思いついたような顔で笑うと、袋の底に残っていた粉々の欠片を新八の頭から振りかけた。
うわ、逃げようとする新八を許さず腕の中へ閉じ込める。
「あ〜、甘い匂い」
「ちょ、もう、銀さん!」
くん、新八は自分からする甘ったるい匂いに顔を顰めた。
新八の体温で溶けはじめたそれは、不快なベタベタ感を頬や唇に伝えてくる。
「お風呂入ってきますから、放し…ぎゃあああ!!」
ぺろり、銀時の舌で顔を舐められ、新八は悲鳴をあげた。
慌てて引き剥がそうとしたが、もう新八の身体は銀時に押される形になって床に座り込んでいる。
尻を擦って逃げようとしたが、がっちりと腰を抱えられており、そうもいかない。
混乱の極みにいる新八の袴はあっという間に脱がされ、下着の上から大事なところを握りこまれて。
上げようとした悲鳴は、銀時のもう1つの掌に塞がれた。
それから、どのくらい経ったのか。
散々身体中を嘗め回され、幾度となく精を放つことを強要され、ぐったりとした新八の足を銀時は抱え上げる。
抵抗する体力はとうになかったが、新八はどうにか目だけ開けて銀時を見やった。
唾液まみれの口をおざなりに拭った銀時は、その新八の視線に気付くとにぃ、とチェシャ猫のように目を細めた。
「甘いものは止めらんないのヨ」
唾液で解され柔らかくなった新八のそこに、銀時の硬く立ち上がったものが入りこんで来る。
もう絶対砂糖菓子など貰ってこない、決意した新八の思考は銀時の動きに攪拌され、白く広がってはじけた。
「はぁ?糖尿?」
素っ頓狂な声を上げ、しげしげと自分を見つめてくる新八に、銀時は居心地の悪さを感じた。
そもそも、人を雇い入れる余裕があるほどの収入は無いのだ。
なのに何故だろう、この少年の必死な瞳を見ていたら頷いている自分がいた。
安堵したように笑う顔が幼くて、少しどきまぎしたのを覚えている。
「じゃあ、食事は少し考えないといけないですね」
自分より年若い子供に食事の心配をされてしまい、少しだけ銀時は落ち込んだ。
志村新八と名乗った少年は、万事屋の仕事が無くともかいがいしく銀時の世話を焼いた。
ご飯の支度から洗濯から掃除から。何も出ないよ、と言ってやれば
「何かやってないと落ち着かなくて。貧乏性なんです」
と笑った。感謝こそすれ、そんな新八に嫌気などさすはずもなかったのだが。
その日は銀時にとって最高の日だった。
パチンコに勝ち、戻ってきて滞納していた家賃を払ったら、大家であるお登勢からおすそわけを貰った。
客から頂いたものだけど、今ダイエット中だから新八とお食べ。
そう言って、小さなホールケーキを1つ貰ったのだ。甘いものに目がない銀時には、最高の贈り物だ。
ほくほくしながら家に戻ると、新八はいなかった。買い物にでも行っているのだろうか。
お茶でも入れようか、そわそわしていると新八が帰ってきた。
「おう、ちょうどいいや。新八、茶入れてよ」
「・・・なんですか、コレ」
「見てわかんねぇの?ケーキだよケーキ」
にこにこして茶を催促する銀時を、新八は睨みつけてきた。
何度も甘いものは駄目と口を酸っぱくして言われている。けれど、銀時からしてみたらコレは買って来たものではない。
不可抗力なのだから、神様が食べろと言っているのだと銀時は思う。
「駄目です、糖尿なんでしょ。お煎餅ありますから…」
だが、新八は冷静にそう突きつけてきた。その態度に銀時の浮き足立っていた気分も地に落ちる。
だから、気付いたときには冷たく銀時も言い放っていた。
「お前は俺の母親か、うるさいっての」
あ、やばい。銀時は目を彷徨わせた。これから返ってくる新八の反撃を想像して。
見た目と違い、結構この少年は乱暴な口を利くのだ。自分に正当性がある事柄なら尚更。
鬼の首を取ったかのように捲くし立てる。
そうなると、もう銀時はぐぅの音も出せずに黙り込むしかない。どっちが子供だと見ているものは思うだろう。
だが、いつまでたっても返ってこない反論に、恐る恐る銀時は目線を新八に向けた。
「え、ちょ、新ちゃんっ」
ぼろぼろと泣き始めてしまった新八に、銀時は困って慌てふためいた。
「僕が心配しちゃいけませんか、もう、いやなんですっ」
「いや、だからさ、新ちゃん」
「父上だって、ずっと大丈夫だって言ってたんだ。どこが大丈夫なんだよ、やっぱり駄目だったじゃないかっ」
銀時は息を呑んだ。そうか、と思った。
口うるさいのは本当に心配していたから。
嫌な顔をされても口出しするのを止めなかったのは、お金のためじゃなかったから。
新八には既に両親がない。母親のことはあまり知らないが、父親は借金の所為で身体を患い亡くなったと聞いた。
「ごめんなさい、僕もう耐えられない」
新八は、声を震わせながら首を振った。もうだめだ、小さく音が漏れた。
「どうしようもないんです、僕。煩がられてるの知ってるけど、止められないんです」
煩わしかったですよね、ごめんなさい。銀さんには関係ないのに。
必死に泣き止もうとしながら、肩を震わせている新八に、銀時には口をはさむことなど出来なかった。
「だから、辞めます。短い間でしたけど、ありがとうございました」
ごしごしと乱暴に眼元を拭い、新八は泣き顔で微笑むと丁寧に頭を下げた。
ぱたん、小さく音を立てて扉がしまっても、銀時は中々そこから動けなかった。
心配してくれる人なんて、しばらくいなかったから忘れていた。
うるさかろうと、手が出ようと、その行為は自分を心から暖めてくれることを。
はぁ、溜息をつき銀時は名残惜しそうにケーキを見やった。
「あーあ、久しぶりのチョコケーキなのによ・・・」
新八とお食べ、そう言ってくれたお登勢に心のうちで詫びながら、箱を放る。
がたん、音を立ててそれが綺麗にゴミ箱へ収まったとき、既に銀時の姿は部屋の中になかった。
駆けながら見つけた小さな後姿。
それに追いついて、新八の驚いた顔を見て――銀時は先ほどのケーキにもう一度別れを告げた。