黒髪好きお題の10.シーツに散った黒髪より続きです。読んでない方はここからどうぞ
どうか、きちんと言わせてください。
まだ、いてください。俺は、お前が。
まだ日も落ちきらない夕暮れ時。
少々の厄介ごとすらあったが、本日も大きな事件は無く、平和な一日が終わったと土方が屯所内でその身体をゆっくりと伸ばそうとしていた頃。
それを見ていたわけでも嫌がらせでもないのだろうが。
自首したいんだけど。
そう、酷い顔色で訪ねてきた男を前に、土方はその秀麗な眉を顰めた。
本当に逮捕してやってもよかったのだが、この男が何の企みもなくそんな殊勝なことを言い出すはずがない。
今までの行いの悪さがありありと思い出されて、土方はあきれてため息も出なかった。
そのまま追い出すつもりだったが、このずうずうしい男が憔悴している様子がほんの少し気になった。
銀色というふざけた髪の色をした男は、それこそ世の中は自分のために回っていると信じて疑っていないような思考の持ち主で。
真撰組の仕事を邪魔されたことは多々あるし、毎年恒例となっている花見の場所もとられたりした。
まぁ、それは後から来たのが真撰組だっただけということもあるのだけれど。
「…入れば」
迷惑だ、と表情に出しながらも、もしこいつが川なんかに身投げしようもんなら、仕事が増えるだけだと土方は自分に言い聞かせた。
身を斜めに傾け、土方は男の通るスペースを空けてやったのだった。
何も言わず言うとおりに中に入ってきた銀時は、歩くたび疲れたようにため息をついた。
「…座れば」
とりあえず自分の部屋に招きいれ、土方が突っ立ったままの銀時に座布団を勧めてやる。
小さく頭を下げた男に、やはり調子が狂って土方はじっとその頭を見つめた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「逮捕、してくんねぇの」
ぼそ、つぶやいた銀時に重症だと見て取った土方は、長くなるであろう話に備えて煙草に火をつけた。
これでもこの仕事は結構長くやっているのだ。
銀時が何をしたのかは知らないが、それでもこの男がその行為をよほど悔いていることくらいはわかった。
悔いている、というよりはもしかしたら、悲しんでいるのかもしれない。
「何、したんだ」
犯罪者を自白させる時のように、最初はやわらかく言葉をかける。
いつもはその後、笑えるほど簡単に切れてしまって近藤に宥められることも少なくないのだが。
「いいから捕まえてくれよ」
投げやりとも違った落ち窪んだ表情に、土方は小さく舌打ちを漏らした。
理由も聞かずに逮捕などできるわけが無い。一応、本意ではないが知り合いでもあるのだし。
しかし銀時はどうも理由は話したくないようだった。
そんな酷い犯罪をしやがったのかとも思うが、それでもこの男がこんな顔をしているのは調子が狂った。
「万事屋の従業員に怒鳴り込まれるのはごめんだからな」
暗に、そう簡単に逮捕などできないのだと告げたつもりだったが、銀時はその言葉に思わぬ反応を見せた。
びくりと肩を震わせ、俯きがちだった顔をますます下向けたのだ。
「・・・お前自分とこの奴等に何したんだ」
呆れた様子を隠しもせず、土方は煙を吐き出した。
警察というのは、基本的に家族間の揉め事になど口を出さないものだ。
まぁ、あれは家族というには語弊があるかもしれないが、近からずとも遠からずだろう。
身内のことは身内で解決しやがれ、そう付け加えてやる。
「もう帰れ。おりゃあ暇じゃねぇ」
ぴし、とまっすぐに出口を指差してやったが、銀時は動く様子を見せない。
力ずくで動かしてやろうか、そう考え煙草を灰皿に押し付ける。立ち上がろうとした途端目の前の男は動いた。
「えっ」
今までの億劫そうな重い動きとは比べ物にならないほど、その動きは早くて土方はぽかんと口を開いた。
土方の視界には天井・・・と銀の髪の無表情な男。
畳の上に仰向けに抑え付けられているのだ、そう理解した途端土方は暴れ始めた。
「てめぇ、死にてえのか!!とっとと放せ、アホ!」
「・・・殺してくれんの?」
「馬鹿が!!とにかくっ…」
放しやがれ、喚く土方の首筋に銀時が唇を落とす。ちくりと感じた痛みに、土方は血の気を引かせた。
まさかまさかまさか。
「ん、のやろうっ!」
自由な足で、銀時を蹴り上げた。どすん、大きな音を立てて男が跳ね飛ぶ。
壁に立てかけてあった己の得物を取り上げ、土方は銀時に鈍く光るそれを突きつけた。
「ふざけてんじゃねぇぞ、変態!」
少し仏心を出したらこのざまだ、やはり万事屋には関わるものじゃない。
これ以上ふざけたまねをするようなら、刀の錆にしてやろう、そう固く誓って土方は銀時を睨み付けた。
土方に蹴り飛ばされたままの格好で、だらしなく壁にもたれた銀時が小さく嗤う。
「変態ね…、うん、そうね」
「あぁ?」
「だって仕方ねぇだろ。我慢したんだよ、俺だって」
「いや、ちょっと待て」
話がかみ合っていないことに気づき、土方はとりあえず刀を納めた。
力いっぱい抵抗したらあっさりと解けた拘束に、銀時が本気でなかったことは理解できていた。
土方は暴れて乱れた呼吸と前合わせを整え、銀時を見た。
「とりあえず聞きたくねぇが、聞くぞ」
今までの会話と行動、従業員とのトラブル。そして逮捕して欲しがる男。
そこまで条件がそろえば、おのずと正解は見えてくるもので。
「やっちまったのか…てめぇ」
こくん、頷いた銀時は自嘲するように嗤った。
できることなら知らない振りをしてこの野郎を追い出したい、その願いは胸に秘めて土方はため息をつき、重い口を開く。
「…どこまでだ?」
「最後まで」
想像したとおりの、けれど一番聞きたくなかった答えに、土方は天井を仰いだ。
理由を言いたくないからといって行動に移す男もどうかと思うが、どちらにしろ自分に解決できる問題ではない。
そんなにたまっていたなら、素人ではなく玄人に手を出すのが礼儀だろう、そういってやるのは簡単だが事は起こってしまった後だ。
とりあえず落ち着くために煙草を取り出し火をつける。大きく吸い込むと少しだけ胸がすっとした。
「・・・相手は」
どうしたのだ、問うとまた嗤う。その嗤いはこいつに似合わない、土方はただそう思った。
「わかんない。怖くてさ」
逃げてきちゃった、最低。
膝を抱えるよう小さく縮こまり、銀時はポツリポツリと話した。
「てめぇ…」
土方にはそれしか言えなかった。
実は、銀時が来る少し前に真撰組屯所には彼の所の従業員二人が駆け込んできていたのだった。
酷い顔色の少年と、その少年を支えるようにやってきた少女と犬らしきもの。
止めようとした山崎が少女の持っていた傘の餌食になるのを見届け、何事だと土方が呆気にとられているうちに、二人と一匹は既に屯所内に入り込んでいた。
だから何の用なんだ、問う間もなく少女は顔をのぞせた沖田を見つけ、沖田も少女を見つけ。
「…チャイナ娘」
その言葉がゴングだった。
いつものとおり、殴り合いのような喚き声を上げながら、沖田と神楽と名乗った少女は走り去った。
残された土方は、同じく残された少年を一瞥し、小さくため息をついた。
一瞥しただけでもわかるほど顔色も悪く、今にも倒れそうな新八を追い出すことができるほど土方も人非人ではない。
とりあえず部屋に迎え入れ、話を聞くことにした。そもそも何の目的で真撰組の屯所にやってきたのかさえわかっていないのだ。
お世辞にも真撰組に協力的とはいえない万事屋従業員一行が、殴りこみでもなさそうだしと土方でなくとも首を傾げるところだろう。
犬のような宇宙生物は、いつのまにか少年の隣で小さく寝息を立てている。
座るよう促すと、少し逡巡する様子を見せてから新八はのろのろと膝を曲げた。
なぜ座るのにそんなに時間がかかるのだ、そう突っ込んでやりたくなるほどスローな動きだった。
ようやく新八が腰を畳に下ろし、ほう、と息をつくのを確認してから土方は声をかける。
「えー、と。何の用だ」
「・・・・」
土方は阿るような聞き方になってしまった己の声に舌打ちしたくなった。
なぜかわからないが気まずい。こちらには何の非も無いのに、尻の座りが悪いというか。
考えるまでもなく、この世の終わりのような、暗い顔をしている少年に原因はあるのだろうが。
がしがし、土方は間をとりなすように髪を掻く。
「…風邪でも引いたのか」
とりあえずは軽い世間話から始めることにする。先ほどから気になっていたのだが、新八は顔が半分隠れるほどのマスクをしていたのだ。
最初に感じた違和感をマスクのせいにして、土方は己の嫌な予感を遠くへ放り投げることにした。
小さく首を振った新八が、ゆっくりとマスクに手をかけてそれを取り去るのを何気なく見ていた土方だったが、隠されていた部分を見て納得がいった。
新八の左頬は赤く腫れ、口元には赤黒い痣ができていた。見ただけで殴られたのだとわかる傷だった。
「…誰にやられた」
確かにこれは自分の仕事だと居住まいを正し、土方は新八に問う。
しかし、新八は再び小さく首を振っただけだった。どうやら事件にしたいわけではないらしい。
ならばなぜここに、そう問おうとした土方を遮るように、新八が立ち上がった。
立ち上がるのも辛そうなその姿は、見ていて痛々しい。それでも新八はみっともなく倒れこむような真似はしなかった。
「失礼しました、帰ります…」
真撰組に訪ねてきて、はじめて発した言葉だった。擦れきったそれに土方は眉を寄せる。
「あのお嬢ちゃんはどうすんだ、置いて行く気か」
「たぶん、迎えが来ますから…」
「あの銀髪か?」
「・・・・」
無言のまま、のろのろと歩き出した新八に、土方は舌打ちした。
このまま放っておいてやってもいいのだが、それは否と今までの真撰組での活動で養われた土方の勘は告げていた。
「おい、待ちやがれ。てめぇ今日はどこにいる?」
後で事情を聞きに行くかもしんねぇから、所在を明らかにしておけ。
もっともらしい土方の問いかけに、わかりやすすぎるほど新八は障子に掛けた手を震わせた。
「・・・万事屋に」
それとあいまってカタカタと鳴る障子の音に紛れて新八は応えを返した。
しかし。
「嘘だな」
嘘だと簡単に見抜けるような声音と震えに、あっさりと土方に見抜かれ、新八は唇を噛む。
口端の傷がずきずきと痛んだ。
少しの沈黙の後。
「・・・実家、に」
「それも嘘だろ。そんな傷つけたまま帰ってみろ、今度はお前の姉貴がここに怒鳴り込んで来らぁな」
土方は一見なよなよとした外見の新八の、芯の強さを知っている。だからこそ、この状態で彼が実家に帰るわけがないと言い切って見せた。
まったく持ってそのとおりだったのでぐうの音も出ず、新八は黙り込んでしまう。
本当は、ここに来るつもりなんてましてや事件にする気なんて髪の毛の先ほども無かったのに。
あの後。
あまりの出来事に呆然と、シーツの上に横たわっていた新八を起こしたのは神楽だった。
銀時が一応の身支度だけは整えていってくれたこともあり、何が起こったのかはわかっていないようだったが、ただ大変なことが新八の身の上に降りかかったのだとは彼女も理解していた。
「銀ちゃんとケンカしたアルか?」
頬が赤く腫れているのと、口元の痣にそう推測し、神楽にしては遠まわしに尋ねる。それでも口元の傷が痛いのか、新八は口を開こうとしなかった。
「・・・新八は弱いんだから勝てっこないネ、身の程を知れ馬鹿」
あまりに酷い言い草にも答えを返さない。いつもなら今頃は得意の突込みが間違いなく入っているのに。
口も利かず、されるがままの新八に悲しくなった神楽は、銀時を探したがその銀時も姿を消していて。
どうすればいいのかわからなくて、でもこのまま新八をここに置いておきたくは無くて定春を連れ、神楽は万事屋を出た。
辛うじて無事だったメガネを拾い、変装用として普段からおいてある大きなマスクを新八につけさせたのは、神楽がその痣を見たくなかったからかもしれない。
自分の星に帰るのがほぼ絶望的な神楽は、自分の居場所を万事屋と認識している。
しかしもし、その万事屋がなくなってしまったら。銀時と新八がいなくなってしまったら。
また、夜兎族としてしか周囲は見てくれなくなる。戦いに明け暮れる日々が続く。
「それは、イヤ」
まっすぐ前を向いて小さく、けれどはっきりと神楽はつぶやいた。
足は無意識に真撰組へと向いていた。新八の様子ではお妙の元に行くのは憚られたのと。
―――万事屋の他に神楽が頼れるのは、そこくらいしかなかったから。
・・・とにかく、帰ります。
頑なな新八の態度に、もともと気の長いほうではない土方はそのまま出て行くのを見送ってしまったのだが。
・・・これは、もしかしなくともまずったかもしれない。
目の前で項垂れる銀時を見て、土方は今日何度目かもわからないため息をついた。
「てめぇ、どうしてもっと早く来なかった」
「…頭、冷やしてた」
ぼそぼそ、悄然とした様子で呟く銀時に殴りかかりたいのを堪えながら、辛抱強く土方は疑問を口にした。
「で?冷えたのかよ」
「いやぁ、全然」
「反省してねぇのか」
「…した。ごめんね」
何で俺に謝りやがる、吐き捨て土方は短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けた。
新しい煙草に火をつけながら、ちらりと俯いたままの銀時に目をやる。
逮捕してやるのは簡単だが、一応あれは親告罪になる。
被害者である新八が何も言わなければ、土方たち警察にできることなど無いのだ。
それに。あれは。
「あの坊主、今日ここに来たぞ」
「えっ」
それは予想していなかったようで、銀時がずっと俯かせていた顔を上げて土方を見た。
くるりと周囲を見回して、しかし新八がいないことを確認すると安堵したように息をつく。
「そう。だから逮捕してってさっきから」
自嘲するような笑みを頬にのせて、濁った目を向ける銀時は、それでもその瞳にどこか不安を覗かせていた。
銀時を救ってやるわけではないが、有耶無耶にしたままというのも、土方の本意ではない。
「あいつは何も言わなかった」
「…えっ」
今度こそ銀時は目を見開いた。どうして、そう動く口を見ながら土方は煙を吐き出した。
ひでぇ顔だったぜ、そう付け加えれば銀時の顔が歪む。ほらみろ、と土方は笑い出したくなった。
―――どいつもこいつも大馬鹿野郎だ。
とん、土方が煙草の先にたまった灰を灰皿に落としたとき、おもむろに銀時が立ち上がった。
「ごめん。逮捕すんのもう少し待ってくれる?」
「だから謝る相手が違うだろ、てめぇ」
「うん。でもね、もうひとつだけ聞いて」
何だ、胡乱な瞳を土方は銀時に向ける。できることならこれ以上煩わしいことに関わりたくない。
少しだけ笑って銀時はまっすぐに土方を見た。迷いを吹っ切った視線だった。
「さっき、反省はしてるって言ったけど…後悔はしてないんだよ、これが」
「…性質悪ィ」
煙を銀時の顔に吹きかけ、土方は追い払うように手を振った。